楕円型偏微分方程式 (Elliptic PDE)
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双曲型PDEが時間発展する現象を記述するのに対し,楕円型偏微分方程式は性質が全く異なります.その対比を意識することで理解が深まります.
楕円型PDEの核心:定常状態と平衡 🧘
楕円型PDEは,定常状態 (steady-state) や 平衡 (equilibrium) を記述する方程式です.
双曲型(Hyperbolic)との対比
双曲型が「波の伝播」のように時間と共に変化し,情報が伝わっていく様子を描いたのに対し,楕円型は**時間が十分に経過し,全ての変化が収まった後の「最終的な落ち着いた状態」**を描きます.そのため,楕円型PDEには時間変数 $t$ が含まれないことが多いです.
イメージ:
- 双曲型: 池に石を投げた後の,波紋が広がっていく「動画」.
- 楕円型: 針金の枠に張られた石鹸膜が,振動を終えて静止したときの「最終的な形」.あるいは,金属板のフチの温度を固定したとき,十分に時間が経った後の「安定した温度分布」.
代表例:ラプラス方程式
楕円型PDEの最も重要で代表的な例が ラプラス方程式 (Laplace’s Equation) です.2次元の場合は以下のように書かれます.
$$ \nabla^2 u = \frac{\partial^2 u}{\partial x^2} + \frac{\partial^2 u}{\partial y^2} = 0 $$この方程式を満たす関数 $u(x,y)$ は 調和関数 (harmonic function) と呼ばれ,以下のような様々な物理現象の定常状態を表します.
- 熱伝導: 物体内の定常的な温度分布.
- 電磁気学: 電荷のない空間における静電ポテンシャル.
- 流体力学: 非圧縮・非粘性流体の速度ポテンシャル.
- 膜の変形: 伸び縮みしない膜が,縁に沿って固定されたときの平衡状態の高さ.
楕円型PDEの重要な性質 🗺️
楕円型PDEには,双曲型とは全く異なる,次のような重要な性質があります.
境界値問題 (Boundary Value Problem)
時間変数がないため,「初期条件」はありません.その代わり,解は考えている領域の 境界の値 によって完全に決定されます.例えば,部屋の温度分布は,壁・床・天井の温度によって決まります.これを 境界値問題 と呼びます.
平滑化作用と平均値の性質
ラプラス方程式の解(調和関数)は,非常に「なめらか」になる性質があります.その顕著な例が 平均値の性質 です.
ある点での値は,その点を中心とする円周上の値の平均値に等しい.
このため,調和関数は領域の内部に極大値や極小値を持つことができません(最大値・最小値は必ず境界に現れる).これは,周りから平均化されるため,一箇所だけが飛び抜けて熱くなったり冷たくなったりできない,という物理的イメージと合致します.
情報伝達の無限性
境界のある一点の値を少しでも変えると,その影響は 瞬時に 領域内の全ての点に及びます.双曲型のように情報が有限の速さで伝わるのではなく,領域全体が一つのシステムとして相互に影響し合っているのが楕円型の特徴です.
具体例:矩形領域におけるラプラス方程式の解法
楕円型PDEの解法として最も標準的な 変数分離法 (Separation of Variables) を,具体的な例で見てみましょう.
問題設定
一辺が $a$,$b$ の長方形の金属板を考えます.
- 方程式: $u_{xx} + u_{yy} = 0$
- 境界条件:
- 3つの辺 ($x=0$, $x=a$, $y=0$) は温度0℃に保たれている ($u=0$).
- 残りの1辺 ($y=b$) だけ,$u(x,b) = f(x)$ という特定の温度分布に保たれている.
このとき,内部の定常温度分布 $u(x,y)$ はどうなるでしょうか?
変数分離法による解法
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解の仮定 解が $x$ のみの関数 $X(x)$ と $y$ のみの関数 $Y(y)$ の積で書けると仮定します.
$$ u(x,y) = X(x)Y(y) $$ -
PDEへの代入と分離 これをラプラス方程式に代入すると,
$$ X''(x)Y(y) + X(x)Y''(y) = 0 $$両辺を $X(x)Y(y)$ で割って移項すると,
$$ \frac{X''(x)}{X(x)} = -\frac{Y''(y)}{Y(y)} $$左辺は $x$ のみの関数,右辺は $y$ のみの関数です.これらが常に等しくなるためには,両辺がある同じ定数に等しくなければなりません.その定数を $-\lambda$ とおきます.
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2つの常微分方程式(ODE)への分解 1つのPDEが,2つの簡単なODEに分解されました.
$$ X''(x) + \lambda X(x) = 0 $$
$$ Y''(y) - \lambda Y(y) = 0 $$ -
境界条件の適用
- $u(0,y)=0 \Rightarrow X(0)=0$
- $u(a,y)=0 \Rightarrow X(a)=0$
これらの境界条件を使って $X(x)$ の方程式を解くと,解はフーリエ級数でおなじみの形になります.
$$ \lambda_n = \left(\frac{n\pi}{a}\right)^2, \quad X_n(x) = \sin\left(\frac{n\pi x}{a}\right) \quad (n=1,2,3,\dots) $$次に $u(x,0)=0 \Rightarrow Y(0)=0$ を使って $Y(y)$ の方程式を解くと,双曲線関数 $\sinh$ を使った解が得られます.
$$ Y_n(y) = \sinh\left(\frac{n\pi y}{a}\right) $$ -
重ね合わせと最終解 得られた解を掛け合わせ,すべての可能な $n$ について足し合わせます(重ね合わせの原理).
$$ u(x,y) = \sum_{n=1}^{\infty} c_n X_n(x)Y_n(y) = \sum_{n=1}^{\infty} c_n \sin\left(\frac{n\pi x}{a}\right)\sinh\left(\frac{n\pi y}{a}\right) $$最後に,残った境界条件 $u(x,b) = f(x)$ を使って係数 $c_n$ を決定します.これはまさに,関数 $f(x)$ をフーリエ正弦級数に展開する問題そのものになります.
このように,楕円型PDEの解法は,しばしばフーリエ級数展開に帰着します.
まとめ:双曲型 vs 楕円型
| 特徴 | 双曲型 (Hyperbolic) | 楕円型 (Elliptic) |
|---|---|---|
| 物理現象 | 波の伝播 | 定常状態・平衡 |
| 代表例 | 波動方程式 | ラプラス方程式 |
| 情報の伝わり方 | 有限の速さで伝播 | 瞬時に全体へ影響 |
| 問題の種類 | 初期値問題 (+境界値) | 境界値問題 |
| 解のイメージ | 伝わっていく波形 | なめらかな曲面 |
| 主な解法 | ダランベールの解法 | 変数分離法 |