双曲型(Hyperbolic type) PDE
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偏微分方程式(PDE),特に今学習されている双曲型(Hyperbolic type) PDEについて,一番最初の「そもそもPDEとは何か?」という部分から,解法,そしてその物理的な意味まで,順を追って丁寧に解説します.
1. そもそも偏微分方程式(PDE)とは?
まず,常微分方程式(ODE)との違いから始めましょう.
常微分方程式 (ODE): 独立変数が1つだけの微分方程式. 例:物体の運動 \(md^2x/dt^2 = F\).変数は時間\(t\)のみ.
偏微分方程式 (PDE): 独立変数が2つ以上ある微分方程式. 例:海の波の高さ \(u\).波の高さは,場所\(x\)と時間\(t\)の両方によって変わります.この\(u(x, t)\)に関する方程式がPDEです.
PDEは,物理現象,工学,金融など,時間と空間(あるいはそれ以上の変数)の中で変化する量を記述するための言語なのです.
2. なぜPDEを分類するのか? (双曲型・放物型・楕円型)
2階線形のPDEは,その性質によって大きく3種類に分類されます.
この式の係数から判別式 \(\Delta = B^2 - 4AC\) を計算し,その符号によって分類します.
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双曲型 (Hyperbolic, \(\Delta > 0\)):
- 性質: 波の伝播を記述する.情報は有限の速さで伝わる.
- 代表例: 波動方程式 \(u_{tt} - c^2 u_{xx} = 0\)
- イメージ: 水面に石を投げた時の波紋の広がり.
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放物型 (Parabolic, \(\Delta = 0\)):
- 性質: 熱や物質の拡散を記述する.情報は瞬時に(ただし非常に弱く)無限遠まで伝わり,時間と共に滑らかになっていく.
- 代表例: 熱伝導方程式 \(u_t - k u_{xx} = 0\)
- イメージ: 熱い鉄の棒の熱がじわじわと冷たい方へ伝わる様子.
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楕円型 (Elliptic, \(\Delta < 0\)):
- 性質: 定常状態や平衡状態を記述する.時間変化を含まず,ある領域の内部の状態は,その領域の境界全体によって決まる.
- 代表例: ラプラス方程式 \(u_{xx} + u_{yy} = 0\)
- イメージ: ゴム膜の縁を固定したときの,膜全体のつり合いの形.
このように分類することで,方程式を見ただけで「これは波の問題だな」「これは熱の問題だな」と現象の性質を理解でき,適切な解法を選択できるようになります.
3. 双曲型PDEの解法:波動方程式とダランベールの解
ここからが本題です.双曲型PDEの最も代表的な例である,1次元波動方程式の解法を見ていきましょう.
ここで,\(u(x,t)\)は位置\(x\),時刻\(t\)における弦の変位などを,\(c\)は波の伝わる速さを表します.
ダランベールの解法(特性座標法)
この方程式を解くための,非常にエレガントな方法がダランベールの解法です.
ステップ1:変数変換 新しい変数(特性座標)\(\xi\) (クシー) と \(\eta\) (イータ) を導入します.
\(\xi\)は速さ\(c\)で左に進む座標系,\(\eta\)は速さ\(c\)で右に進む座標系と解釈できます.
ステップ2:連鎖律(Chain Rule)で微分を変換 \(u\)を\(\xi\)と\(\eta\)の関数とみなし,\(\partial/\partial x\)と\(\partial/\partial t\)を\(\partial/\partial \xi\)と\(\partial/\partial \eta\)で書き直します. (計算は少し複雑ですが,結果は以下のようになります)
すると,元の複雑な波動方程式は,信じられないほど簡単な形になります.
ステップ3:積分して解を求める この簡単な式を積分していきます. まず\(\eta\)で積分する:\(\frac{\partial u}{\partial \xi} = \phi(\xi)\) (\(\phi(\xi)\)は\(\xi\)だけの任意の関数) 次に\(\xi\)で積分する:\(u(\xi, \eta) = \int \phi(\xi)d\xi + G(\eta)\) \(\int \phi(\xi)d\xi\)も\(\xi\)だけの任意の関数なので,これを\(F(\xi)\)と書き直すと,
ステップ4:元の変数に戻す 最後に,\(\xi=x+ct\)と\(\eta=x-ct\)を代入して,元の\(x, t\)の世界に戻します.
これが波動方程式の一般解で,ダランベールの解と呼ばれます.
4. ダランベールの解の物理的意味
この解 \(u(x,t) = F(x+ct) + G(x-ct)\) は,非常に明快な物理的意味を持っています.
- \(G(x-ct)\): \(t=0\)のときの波の形が\(G(x)\)で,それが形を変えずに速さ\(c\)で右方向へ進んでいく波を表します.
- \(F(x+ct)\): \(t=0\)のときの波の形が\(F(x)\)で,それが形を変えずに速さ\(c\)で左方向へ進んでいく波を表します.
つまり,双曲型PDE(波動方程式)の解は,**互いに逆方向に進む2つの波の重ね合わせ(足し算)**で表現できる,ということを示しています.
5. 具体例:弦を弾く問題
無限に長い弦を考え,時刻\(t=0\)で以下のような初期状態を与えます.
- 初期位置: \(u(x,0) = f(x)\) (弦の最初の形)
- 初期速度: \(u_t(x,0) = g(x)\) (弦の各点の最初の速度)
この初期条件をダランベールの解に適用すると,\(F\)と\(G\)は初期条件\(f, g\)を使って書き表せ,最終的に以下の解が得られます.
これが初期値問題の完全な解です.
例:弦をそっと離す場合 (\(g(x)=0\))
初期速度が0の場合,解はさらに簡単になります.
これは,**「最初の波形\(f(x)\)が,半分の高さを持つ2つの波に分裂し,それぞれが左右に伝播していく」**ことを意味します.
もし最初の形\(f(x)\)が三角形だったら,半分の高さの三角形が2つ,左右にサーッと広がっていく様子が,この式から見て取れるのです.これが双曲型PDEが描く「波の伝播」の具体的な姿です.